2011年03月16日

地震

自分記録。

3月11日午後3時に近づいて
そろそろ園児を昼寝から起こそうかと
用意をしていた時だった。

地震だよ!誰かが言い
それを受けて棚の上の物をおろして
園児の側についた。

横にふわふわとした感じで
揺れがどんどん大きくなって
今まで経験したことがないくらい
長い時間揺れた。

園児達に大丈夫だよと声をかける。
この子達を絶対守らなくては。

大きな揺れがおさまったので
落ち着いて園児を背負い
庭に逃げた。

しばらくするとまた大きく揺れた。
今度は地面がズンと響いたので
さっきと違うと思った。

子ども達はおとなしくじっとして
わからないながらも
いつもの訓練とは違うのを
わかっていたようだった。

親が次々迎えに来て
3分の1くらいになったのを見て
園長が小さいこどものいる職員から
帰宅してこどもを保護するよう
指示を出してくれた。

急いで自転車走らせて
学童に行ってみた。
すると先生が
今日は時間を遅らせて
さっき帰しました。と言う。

え?一人で帰したの?
と思わず大きな声で言ってしまった。

ありえない!
こんな日に帰宅予定時間なんて
どうだっていいでしょう?
こういう時のために預けてるのに!

でも文句を言ってる暇はないので
急いで家に帰った。

みのもんたは一人で家にいた。
兄の自転車がなく
ちょうど外にいた隣の奥さんが
ぼけ君遊びに行ったよ。
その後地震が来たのよ。
と教えてくれた。

じゃあ誰かの家にいるのかな?
電話をかけようとしたけど
通じない。

落ち着いて帰りを待つしかなく
その間に実家の父に電話。
何故か実家には電話が通じたので
父の無事は確認。

何度か余震を感じつつ
ぼけもんを待つこと小一時間。
ただいま〜とのんきに帰宅した。

友達の家で地震があったことを知ったが
そんな深刻な事態だとは思っていなくて
遊び続けていたという。

次は夫と姉と夫の実家。
携帯が全く通じないので
メールをいっぱい送ってみる。

地方の友人達からのメールは
届くのだけど
肝心の人からは届かない。

夫の実家には7時過ぎに連絡が着いた。
姉には9時過ぎに連絡がついた。

夫に連絡がついたのは11時頃だった。
バイク通勤なので
帰れない会社の女性や家の遠い人を
送ってあげているらしい。

必ず帰ると言っていたが
結局帰らず
土日のバイト先(ホテル)で
帰宅難民でいっぱいで人手がないので
要請がありいってしまった。

私も夫が帰り次第出勤しなければ
ならないのだが
(地元在住者は震度5以上で
職場に集合しなければ
いけない決まりがある)
行けないまま。

ようやく午後3時に夫帰宅した。

それから職場へ行くと
もう大丈夫とのこと。

園長に聞いたら
こどもは最終が6時半で
皆帰宅できたそう。
遠方の職員も歩きや自転車で
一人を除き帰れたそう。
良かった。

以上長々と振り返りました。

今は余震なのか違うのかわからない
地震や放射能や物資不足に不安を持ちつつ
家があること食べられることに
感謝しているところです。
posted by お母さん at 23:47| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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